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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)6号 判決 1973年10月03日

控訴人 株式会社チエリー商事

右訴訟代理人弁護士 亀山脩平

被控訴人 毛利三郎

被控訴人 毛利元明

右両名訴訟代理人弁護士 杉山朝之進

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方代理人の事実上の陳述ならびに証拠の提出、援用および書証の成立についての認否は、後掲のとおり被控訴代理人および控訴代理人の各陳述と当審における新たな証拠の提出、援用および書証の成立についての認否を附加するほか、原判決の事実欄に摘示されているところと同一であるから、これを引用する。但し、いずれも明らかに誤記とみられるので、原判決六枚目表五行目の「継続的商会取引契約」を「継続的商品取引契約」と、同七枚目表五行目から同九枚目裏一行目までの随所における「中央写真商会」を「中央写真用品」と、同八枚目裏五行目の「賃金援助」を「資金援助」とそれぞれ訂正する。

一、控訴代理人の陳述

(一)昭和四三年一月寿写真商会の営業建直しの方策として、被控訴人ら、須崎光人および中央写真用品の三者の協議により被控訴人毛利三郎を代表者とする新会社の設立と新会社による寿写真商会の債務中金六〇〇万円についての引受の案が成立したという事実(原判決七枚目表五行目から九行目までに摘示されている事実)については、控訴人は、当時全く知るところがなかった。右のような方策は寿写真商会の控訴人に対する債務の免脱を図らんがためのものであるから、控訴人に秘してその計画が進められたに相違なく、控訴人としてはこれを知るに由がなかったものである。控訴人は、終始、被控訴人らが寿写真商会の倒産を防止しようとして本件不動産を担保に提供することを承諾のうえ必要書類を須崎光人に交付したものと信じていたのである。

(二)被控訴人らは、寿写真商会の倒産を防止するためこれに資金援助をしてくれる者に対して本件不動産を担保として提供することに関して、須崎光人に包括的な代理権を付与したものである。

(三)控訴人が須崎光人の権限踰越にかかる代理行為につきその権限があるものと信じたことに関しては、過失はないものというべきである。

当時、寿写真商会は、昭和四三年二月下旬に満期の到来する約束手形を支払うためには、すみやかに本件登記を経由して控訴人から融資を受けなければならず、もしこれが遅延すれば倒産を避けえない緊急の事態に直面していたのであり、控訴人としても、被控訴人毛利三郎が病気のため入院中で同被控訴人と連絡を取りえなかったのみならず、諸般の事情からいって被控訴人らが寿写真商会の経営建直しのため本件不動産を担保に提供することを全面的に承諾していることが看取され、かつ、須崎光人において関係書類全部を預っていたところから、須崎光人の代理行為につき改めて被控訴人らにその権限付与の有無を確めなかったものであるからである。

(四)被控訴人毛利元明が昭和四六年一二月一七日成年に達したことは認める。

二、被控訴代理人の陳述

(一)寿写真商会の営業建直しのために計画された新会社の取締役には被控訴人毛利三郎も就任する予定であり、かつ、中央写真用品からも新会社の役員を出す手筈になっており、新会社の主な仕入先としては中央写真用品が考えられていたところから、新会社の設立は、被控訴人毛利三郎にとっては自らが経営に当る会社の設立として、中央写真用品にとっては寿写真商会に対する売掛金債権の保全につき本件不動産を担保に提供させようとするための手段、口実として構想されたのである。ところで、控訴人の営業担当社員杉山隆哉は、乙第一号証の作成事務に当った司法書士の事務員をして、その末尾に被控訴人毛利元明の後見人として被控訴人毛利三郎の氏名を記載させたうえその名下に自ら捺印したこと、甲第八号証の一についても被控訴人毛利三郎の住所、氏名以外をすべて右司法書士の事務員に記入させたこと等よりすれば、控訴人が新会社の設立計画を全く知らないで、被控訴人らにおいて寿写真商会の倒産を防止しようとして本件不動産を担保に提供することを承諾のうえ必要書類を須崎光人に交付したものと信じていたとは到底考えられない。

(二)被控訴人らが前掲控訴代理人の陳述中(二)記載のように須崎光人に包括的な代理権を付与したことは否認する。

(三)被控訴人らが須崎光人の権限踰越にかかる代理行為につき民法第一一〇条の規定により本人として責に任ずべきいわれのないことの理由を、左のとおり敷衍する。

被控訴人らは、須崎光人に対しいわゆる基本代理権を付与していないのみならず、同人の代理権冒称行為につき控訴人には左記の事情に徴し悪意があったものというべきである。

(1)乙第一号証は須崎光人がその起草に当ったものであるが、控訴人はこれを被控訴人らに呈示するところがなかったのであり、乙第一号証の作成当時には、末尾の不動産の表示欄における本件不動産の記載はなされていなかったし、そもそも当時控訴人に対して担保に提供すべき不動産については明確な取りきめが成立していなかったのである。

(2)乙第一号証中の被控訴人毛利元明の後見人としての被控訴人毛利三郎の氏名及びその肩書部分は司法書士の事務員の記入したものであって、その名下の捺印は契約当事者としての被控訴人毛利三郎の名下に存する印影とは明瞭に異る認印を用いて杉山隆哉がしたものであるところ、当時須崎光人は、杉山隆哉に対し、被控訴人毛利元明については家庭裁判所にその特別代理人の選任を申請する手続が必要であることと乙第一号証の作成に関しては未だ被控訴人らの承諾を得ていないことを説明したのである。

(四)被控訴人毛利元明は、昭和四六年一二月一七日成年に達したものである。

三、証拠<省略>。

理由

当裁判所も被控訴人らの本訴請求を認容すべきものと判断するが、その理由は、左のとおり訂正附加するほか、原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する。

一、原判決一一枚目表三行目から四行目までの「原告毛利元明が未成年者であって、原告毛利三郎がその後見人であったこと、」を「被控訴人毛利元明が昭和四六年一二月一七日成年に達したものであるところ、その未成年当時被控訴人毛利三郎が後見人であったこと、」と改める。

二、原判決一一枚目裏一行目から七行目までの証拠の挙示を「成立に争いのない甲第八号証の一ないし三、官署作成部分の成立につき争いがなく、その余の部分の成立の真否については後段に認定するとおりである乙第一号証と原審における証人須崎光人、遠藤孝行の各証言、原審および当審における証人杉山隆哉の各証言(原審におけるものは第一、二回)ならびに原審における被控訴人毛利三郎本人尋問の結果(右本人尋問の結果中後掲措信しない部分を除く。)」と、原判決一二枚目表一行目の「訴外中央写真商会」を「訴外中央写真用品株式会社」とそれぞれ改め、原判決一三枚目表一〇行目の「契約書」の次に「(乙第一号証)」を加え、原判決一三枚目裏一行目から二行目までの「押印したこと、以上の事実が認められる。」を「押印したこと(被控訴人毛利三郎名下の印影が同被控訴人の印章を押捺したものであることについては、被控訴人らの争わないところである。)、かくして、控訴人は、本件不動産についての右根抵当権設定の登記申請手続を司法書士福島健に委任したところ、根抵当権設定者の一人である被控訴人毛利元明が未成年者であるためその後見人としての被控訴人毛利三郎の署名捺印が乙第一号証に必要であることが判明し、右司法書士またはその事務員により乙第一号証の本文末尾になされた「右の毛利元明未成年者に付同所同番地後見人毛利三郎」なる記入部分の下に「毛利」と印刻した認印が押捺されたこと(右捺印の経過につき、前掲証人杉山隆哉の各証言においては、須崎光人が杉山隆哉の持参した書類に捺印したものであると述べられているところ、右証言にかかるような事実を否定する前掲証人須崎光人の証言に照らし、かつ、右認印による印影を乙第一号証における被控訴人毛利元明の名下の認印の印影と対照すると、両者が必ずしも同一の印章を押捺したものとは認め難いことからすると、右証人杉山隆哉の各証言は措信することができない。)が認められる。上掲被控訴人毛利三郎本人尋問の結果中右認定に牴触する部分は措信するをえず、他に右認定を左右するに足りる証拠は存しない。」と改める。

三、原判決一三枚目裏三行目の「および」の次に「同第一三号証、原審における」を加え、同五行目から六行目までの「右協立信用金庫」を「訴外協立信用金庫」と、同一〇行目の「昭和四三年四月二一日」を「昭和四二年四月二一日」と、同末行の「権権元本極度額」を「債権元本極度額」と、原判決一四枚目表三行目の「増額したこと」を「増額した旨の登記をしたこと」と、同七行目の「中央写真商会」を「中央写真用品」と、原判決一四枚目裏五行目の「証人須崎光人の証言」を「前掲証人須崎光人の証言」と、同八行目から九行目までの「契約を締結し、同契約書に原告らの署名、押印を偽造したものと認めるのが相当である。」を「契約を締結したものであって、その契約書(乙第一号証)における被控訴人ら作成名義の部分は偽造にかかるものと認めるのが相当であり、これを要するに、本件登記の原因とされた被控訴人らと控訴人との間の根抵当権設定契約は有効に成立したものではないというべきである。」とそれぞれ改める。

四、原判決一四枚目裏一〇行目の冒頭かから同一七枚目裏三行目の末尾までを左のとおりに改める。

「三、そこで、控訴代理人主張の民法第一〇九条の規定による表見代理の成否について検討する。

被控訴人毛利三郎がその委任状と印鑑証明書および本件不動産の登記済証を須崎光人に交付し、同人に対し被控訴人らと訴外中央写真用品株式会社との間で本件不動産についての根抵当権設定契約を締結することに関する代理権を付与したことは、本件当事者間に争いがないところ、前掲二の(一)における認定事実と総合すると、右書類の交付および代理権付与の経緯は、須崎光人が代表取締役である有限会社寿写真商会の再建策につき、須崎光人、被控訴人毛利三郎、中央写真用品の経理部長石飛某、同販売課長遠藤孝行が協議した結果、被控訴人毛利三郎において代表取締役に就任すべき会社を別に新しく設立して中央写真用品と取引をおこない、寿写真商会の中央写真用品に対する旧債務については新会社がこれを返済してゆくことの合意に達したところ、中央写真用品から、寿写真商会の旧債務および新会社の将来における取引より生ずべき債務につき担保の提供が要求されたので、被控訴人毛利三郎が被控訴人毛利元明との共有に属する本件不動産に中央写真用品のため根抵当権を設定しその登記を経由することを承諾し、その契約の締結及び登記申請手続に必要な書類として本件不動産の登記済証といずれも委任事項欄に記入のない委任状二通(甲第八号証の一、二で、これによると、その一は被控訴人毛利三郎自身の委任状であり、その二は当時未成年者であった被控訴人毛利元明の後見人としての被控訴人毛利三郎の委任状である。なお、原審における証人須崎光人の証言によれば、右各委任状における受任者の住所、氏名欄も白地のままであったことが認められる。)および被控訴人毛利三郎の印鑑証明書(甲第八号証の三)を須崎光人に交付したというにあることが認められる。しかるに、前掲二の(一)、(二)において認定したとおり、上記合意にかかる中央写真用品の寿写真商会に対する再建援助が中央写真用品の倒産のために不可能な状態に立ち至ったため、控訴人が中央写真用品に代わって寿写真商会に対し資金および取引上の援助を与えることとなり、控訴人からの要求に応じて、寿写真商会の控訴人に対する従前および将来における取引に基づく債務を担保するため、須崎光人は、先に被控訴人毛利三郎より交付を受けて中央写真用品に差入れていた前掲登記済証、委任状および印鑑証明書の返還を得てこれら書類を控訴人の営業担当者杉山隆哉に交付し、かつ、昭和四三年二月一六日付で作成された乙第一号証(控訴人と寿写真商会および被控訴人ら間の継続的商品取引並びに根抵当権設定契約についての契約書)に根抵当権設定者としてほしいままに被控訴人らの名義を表示したものであるところ、原審における証人杉山隆哉の証言(第一回)によると、控訴人が右契約に基づく本件不動産に対する根抵当権設定の登記申請手続をするについて使用した根抵当権設定者たる被控訴人毛利三郎自身および被控訴人毛利元明の後見人としての被控訴人毛利三郎の各委任状は、前示甲第八号証の一、二の受任者の住所、氏名欄および委任事項欄の白地をそれぞれ補充したものであることが認められる。

叙上のような事情にかんがみるときは、被控訴人毛利三郎が前記のとおり須崎光人に交付した本件不動産の登記済証、委任状および印鑑証明書が須崎光人から杉山隆哉に差入れられたことは、右委任状が上述のような未記入部分のあるいわゆる白紙委任状であったことを考慮に入れても、その委任状が右のその他の書類とともに中央写真用品以外の者との間の法律行為に利用されても差しつかえないとの趣旨で交付されたものであることを認めるに足りる証拠のない以上、右各書類の授受により、被控訴人毛利三郎が自らおよび被控訴人毛利元明の後見人として、全く予想外の控訴人に対し本件不動産に根抵当権を設定しその登記申請手続をすることについてまで須崎光人に代理権を付与した旨を控訴人に対して表示したものとは到底認められないものというべきである。

してみると、控訴代理人の前記主張は採用し難いものといわなけれならない。

四、控訴代理人は、さらに、民法第一一〇条の規定による表見代理の成立を主張する。

須崎光人が寿写真商会の再建を図る方策として、被控訴人らの共有にかかる本件不動産に寿写真商会の中央写真用品に対する債務を担保するための根抵当権を設定する契約を締結しその設定登記申請手続をすることに関して、被控訴人らから(被控訴人毛利元明の関係では、その後見人である被控訴人毛利三郎から)代理権を付与されていたところ、その運びに至らないうちに中央写真用品が倒産してしまったのに伴い、控訴人が中央写真用品に代わって寿写真商会の再建援助に乗出すことになったことから、須崎光人において被控訴人らに無断で被控訴人らの名義を用いて控訴人と本件根抵当権設定契約を締結しその設定登記を経由したことは、先に説示したとおりである。

してみると、本件根抵当権設定契約の締結等は、須崎光人が被控訴人らから付与されていた代理権を踰越してしたものというべきである。

ところで、原審および当審における杉山隆哉の証言(原審におけるものは第一、二回)、原審における証人遠藤孝行および同須崎光人の各証言(後者の証言中左記措信しない部分を除く。)によれば、控訴人のため本件根抵当権設定契約の締結等に関する事務の処理にたずさわった杉山隆哉は、当時、中央写真用品の販売課長遠藤孝行および須崎光人より、上述のような寿写真商会の再建方策についての中央写真用品との折衝の経過および結果と中央写真用品による援助計画がその倒産により実現不可能となった経緯に関しての説明があったので、控訴人において被控訴人らから本件不動産に根抵当権の設定を受けることについては、須崎光人が被控訴人らより代理権を付与されているものと信じたことが認められる。

被控訴代理人は、杉山隆哉、従って控訴人が須崎光人の右代理権踰越行為につき悪意であったと主張する。しかしながら、前掲証人須崎光人の証言中この主張に副うがごとき趣旨の部分は措信し難く、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。ところで、そもそも被控訴人らが寿写真商会の再建のため本件不動産に根抵当権を設定することにつき須崎光人に代理権を付与したのは、寿写真商会に対して援助を与える者、従って根抵当権者となるべき者に中央写真用品を予定していたものであるが、その倒産にあったため、須崎光人において急拠その独断により控訴人から寿写真商会に対する再建援助を受けることとして本件不動産に控訴人のため本件根抵当権を設定するに至ったものであって、その間の事情については杉山隆哉が熟知していたものであることは、上来判示したところに徴して明白である。しかも、前掲二の(一)において認定したところにかかる本件根抵当権によって担保されるべき債権の発生原因に関する契約の内容、殊に上出乙第一号証によれば、控訴人と寿写真商会との間の継続的商品取引については特に終期を定めないものとされていることからすると、本件根抵当権設定者の負担すべき責任は相当長期に亘り、かつ、重くなることを予想するに難くないのである。このような諸般の事情にかんがみるときには、被控訴人らの代理人と称する須崎光人と杉山隆哉との折衝により本件根抵当権設定契約を締結するに当って控訴人としては、被控訴人毛利三郎に直接照会してその意思を確める等の処置をとることがこの種取引の常識に属する義務であるというべきであり、この義務を尽くした事跡の認められない控訴人は、須崎光人が本件根抵当権設定契約の締結等につき被控訴人らを代理する権限を有するものと信じたことにつき過失の責を免れないものといわなければならない。控訴代理人は、控訴人の無過失の事由として種々主張し、その一つとして、当時被控訴人毛利三郎が病気のため入院中であったので、同被控訴人と連絡を取りえなかったことを挙げているところ、原審における被控訴人毛利三郎本人尋問の結果によると、同被控訴人は、本件根抵当権設定契約の締結された昭和四三年二月一六日の前後に亘り昭和四一年九月から昭和四三年三月まで神奈川県秦野市の国立療養所に入院していたことが認められるけれども、それだからといって、控訴人において被控訴人毛利三郎に対し前示のような照会確認の方法を講ずることが不可能であったものとは考えられず、その他控訴代理人の前記無過失に関する主張を肯定するに足りる資料は存しない。

してみると、本件根抵当権設定契約の締結等についての須崎光人の代理権踰越行為に関して民法第一一〇条の規定により被控訴人らに責任を負わせることはできないものと解すへく、この点に関する控訴代理人の主張は排斥すべきものであるといわざるをえない。」

さすれば、被控訴人らの本訴請求を認容した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却すべきものとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条および第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 桑原正憲 裁判官 西岡悌次 青山達)

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